どうも、ひとり世界です。
ダメな人達に囲まれた中で仕事していると、その中で成長するのは難しいです。
成長したとしても周りの人達はその成長をこころよくは思いません。
◆引きずり降ろしてやる
人は明らかな優秀な人には嫉妬しません。嫉妬するのは同レベルの人に対してです。
そして同レベルの人が成長していくと嫉妬の炎を燃やします。
また、それが自分よりちょっと下かなと思っていた人が成長した場合は、さらに炎が燃え上がります。
嫉妬の炎を燃え上がらせるだけなら構いませんが、攻撃してくる人もいる訳です。
何で攻撃するかと言いますと、自分と同じレベルまで叩き落とすためです。もしくはもっと下まで落としてやるって感じになります。
けして自分も成長して高見にのぼろうなんて発想にはなりません。
『水は低きに流れ、人もまた低きに流れる』ってやつです。
多くの人は攻撃に屈してしまい、低きに流されてしまいます。そしてこう思います『あぁこれで攻撃されずに済むなぁ』って。
人間生きて行くうえで、周りの環境って凄く大事です。
『麻の中の蓬(よもぎ)』ってことわざがありますよね。
蓬のように曲がりやすものでも、まっすぐな麻のなかで育つとまっすぐになるという話です。
ただ実生活の中では逆のケースの方が多い。蓬の中で育って、麻であっても曲がってしまう。いい環境って少数だと思います。
◆『鼻』の世界
私はこういう人の心の動きや行動パターンを、芥川龍之介の『鼻』という小説で学びました。
この小説の最後はまさに『あぁこれで攻撃されずに済むなぁ』の形で終わっています。これが少し残念なところではあります。
私は、嫉妬の炎を燃やして人を引きずり落とすという行為を、非難する気持ちはありません。優秀ではない多くの人達は概ねこういう感情を持っていると思います。私も持っています。
人は嫉妬するものだし、嫉妬されるものです。こんなものでしょう。
問題はそこじゃなくて、攻撃に屈して低きに流れてしまう事です。低きに流れて攻撃されなくなって、ほっとしてしまう事です。
攻撃されても、そんなやつらは放っておけばいいんです。すぐに飽きてしまいますよ。もし執拗に攻撃してくるなら、そんな場所にいてはいけません。すぐその場から距離を置けばいいんです。
そして自分が成長する事のみに集中しましょう。たとえ孤独になったとしてもです。
◆違うエンディング
『鼻』という小説は、容姿に関するコンプレックスの話でした。
周りの陰口や笑われる事に屈することなくちょこっと乗り越えてしまえば、その後はイケメン男子としてバラ色の人生を歩めたかもしれません。
でもこの話の最後は元の容姿に戻ってしまうという話でした。
元に戻る事無くバラ色の人生を送り、嫉妬した人達を奈落の底につき落とすというストーリーでも良かったかなと思います。
皆さんは芥川龍之介の『鼻』を読んだことがあるでしょうか。私は思い出すと読み返してしまう大好きな小説です。よかったら読んでみてください。
それではまた。