どうも、ひとり世界です。
今回は仏事に対するお金、お布施についてです。
お葬式を経験しないと考えませんよね。
◆お気持ちで
お寺で、お坊さんに拝んでもらったりすると発生するお金、それがお布施です。
経験した事がある方は分かると思いますが、いくら包めば良いのかが分かりません。
お坊さんに聞けば、『お気持ちで』って言われてしまいます。
お気持ちっていわれてもね~。
近所の方で、お坊さんに
『お気持ちって、1,000円しか包まなかったら、どうするの』
って聞いた人がいるそうです。そうしたら
『結構でございます』
という回答だったそうです。困りましたね。
このお布施に対して、金額を明示してほしいという声は、私の近所でもよく聞きます。
私も明示してあったほうが楽だなと思ってました。
ですが色々と調べると、仏事がビジネス化してしまう。
仏の道はそういうものではない。
という事らしいです。
お気持ちというのは本当に難しいです。
例えば、10万円しか持っていない人と、1千万持っている人では状況が違います。
どちらも1万円包んだとしたら、金額の重みが違ってきます。
ですがお金の価値観も人によってまた違います。
10万円しか持ってなくても、1万円が高くないと言うかもしれませんし、1千万円持っている人が、1万円は高過ぎるって思うかもしれない。
こういう事が、複雑に絡み合って包まれるお金が、お布施なんですよね。
◆金持ち有利
それでは、お気持ちを定額化するとどんな問題が出てくるんでしょうか。
例えば、お経の読経料を一律3万円にしたとする。
上記の話の様に、各家で経済状況が違います。
すると、定額の3万円が払えない家が出てくる可能性があります。
もしくは、相当な無理をしてお布施を包む事になる。
一方裕福な家は、『めっちゃ安いな』って事になる訳です。
これって消費税の負担の話に似てますよね。
お金持ちの方が有利です。
そうなると、定額ではなく、各家の所得に応じてお布施額が変わる様にしたほうが、公平感があります。
でもこれじゃ完全に所得税と同じになっちゃいますよね。
それにルール作る方も超面倒です。
結局人々のお気持ちに任せてしまったほうが、お寺としては楽だし合理的です。
お布施を包む人に丸投げしてしまえば良い訳ですから。
お気持ちって便利な言葉なんですね。
◆お寺も語ろう
父の死をきっかけに仏事に関わってみて、お寺というところは、檀家の人達の気持ちが本当に分かってないなと思いました。
お寺の側からもっと『お気持ち』というのはどういう事なのか、料金設定した場合の様々な問題点を積極的に語るべきです。
檀家の人達は、お布施の金額で悩んでいるんですよ。
周りの人に相談しては、妥当な金額を探っています。
これ結構精神的な負担となっています。
この現実を分かって欲しいし、ここを避けて通ってはいけません。
それではまた。